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環境問題について
地球に感謝し、美しい地球を守る意識を共有する日、アースデイ(4月22日)・・・こういった取り組みが1970年にアメリカではじまって、毎年各地でイヴェントが行われてきたようだ。今までにどんな活動が行われてきたかインターネットで調べてみると、自然の素材でできた服や楽器を着たり演奏したりというぐあいのモノが圧倒的に多く、私にはひどく滑稽に見えてしまった。それは動物愛護団体が幼稚な動物の絵(あなたなしには生きられないといったこびた顔をした犬など)がプリントされているティーシャツを制服として着ているような気持ちの悪さに似ており、あまりにも不自然であるからだろう。

私はコソコソと夜の海にやってきて家電を不法投棄する輩には憤りを感じるが、駅前の交番の前に堂々と大型冷蔵庫を捨ててゆくというのであればむしろ逆に痛快であり、そのように危険を覚悟してのぞむ自然破壊行為こそ自然ではないだろうかと思うのである。
人は多くの生命を殺生しなければ生きることができない。これはごく自然である。しかし、多くの生命を毎日殺しまくっているが、その殺しには危険がともなわない。非常に安全な殺生。安全な殺生に生かされるか細い生命、それが現代人の姿である。私は柵に囲まれすしづめにされた豚の顔を思い出す。

最近の関東人のドライバーは救急車や消防車が後ろから近づいてきても道をあまり譲らない。これはよく見かける光景であり、ひどく環境問題の仕組みと酷似している。自分が被害者になることを考えていない。自分と関係ないから協力しない。自分が被害者になってようやくことが深刻であることに気付く。手遅れ。

真の問題は想像力の欠落。
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